2019年03月29日

北尾光司さん、プロレスデビューの日になくなっていた、55歳〜記事・ツイート・過去記事集

カテゴリー:いろいろ





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 大きな訃報が。
 大相撲・元横綱で、プロレスラーとしても活躍された北尾光司さんがお亡くなりになっていたことが明かされました。
 享年55歳。早すぎます。

腎臓を患い闘病中だった

■北尾光司さん 早すぎる死 元横綱・双羽黒 - FNN.jpプライムオンライン
 https://www.fnn.jp/posts/00415230CX
横綱・双羽黒の北尾光司さんが亡くなっていたことがわかった。
 波乱に満ちた55年の人生に別れを告げた。
 大相撲第60代横綱・双羽黒、本名、北尾光司さん。
 2月10日午前7時30分、慢性腎不全のため、亡くなったことがわかった。
 腎臓を患い、闘病生活を送っていたが、55歳の若さで旅立った。
 闘病中だったとは知りませんでした。55歳はあまりにも早い。

 2月10日はプロレスデビューの日、 平成2年でした。

■元横綱双羽黒の北尾光司さん死去 格闘家でも活躍 - 大相撲 : 日刊スポーツ
 https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201902120000630.html
 相撲時代を中心とした過去はこちあで。
1909年(明42)に優勝制度が導入されて以降、唯一、優勝経験のない横綱となった。これをきっかけに、横綱昇進は慎重な見方をされるようになり、大関として連続優勝、またはそれに準ずる成績が求められることになった。

03年9月には、自身が相撲界にいた時とは代替わりしていたが、16年ぶりに立浪部屋を訪れ、部屋のアドバイザーに就任した。その際には「名門立浪復活の手助けをしたい」と、意気込みを語っていた。
 当時から師匠を務める立浪親方(元小結旭豊)は「交流はその時の一瞬で、その後は連絡を取っていなかったから、最近の様子は知らなかった」と話していた。


■元横綱、格闘家の北尾光司さん 55歳で死去:東京スポーツ
https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/1327390/
 廃業後は「スポーツ冒険家」としてタレント活動を行い、90年2月10日の新日本プロレス東京ドーム大会でプロレスデビュー。クラッシャー・バンバン・ビガロと対戦し、ド派手なコスチュームが話題になった。
 その後、SWSに参加し、91年3月には天龍源一郎とのタッグで、WWF(現WWE)の祭典「レッスルマニア7」にも出場した。SWS離脱後は、フリーの格闘家に転向。92年10月のUWFインターでは高田延彦にハイキックでKOされた試合が伝説になった。
 また格闘技塾「北尾道場(後の武輝道場)」を旗揚げ。ドラゴンゲート前社長の岡村隆志氏や望月成晃が弟子にいる。
 PRIDEやUFCマットにも出場したが、98年に引退を表明し、同年10月のPRIDEマットで引退セレモニーが行われた。2003年には古巣・立浪部屋のアドバイザーに就任していた。
 そう言えば「レッスルマニア」に出てるんですよね。

■【訃報】元横綱・双羽黒の北尾光司が死去、PRIDEやUFCにも出場 - eFight 【イーファイト】 格闘技情報を毎日配信!
 https://efight.jp/news-20190329_327072
 1996年4月には『第1回ユニバーサル・バーリトゥード・ファイティング』という大会で、当時バーリトゥード(ポルトガル語で何でもありの意)と呼ばれていた総合格闘技の試合に初挑戦。ペドロ・オタービオに1R5分49秒、寝技でのヒジ打ちで敗れた。同年5月には元横綱というブランドが評価されて『UFC 9』に参戦。マーク・ホールのパンチを顔面に受け、鼻を骨折し大量出血してのTKO負け。
 1997年10月には『PRIDE.1』に参戦し、ネイサン・ジョーンズから1R2分14秒、アームロックで勝利を収めた。1998年10月の『PRIDE.4』では東京ドームで引退式が行われている。
 「PEIDE.1」
 「PRIDE.4」の引退式では、現ドラゴンゲートの望月成晃に「武輝の魂」と呼ばれる刀を渡すという場面もありました。なぜか望月選手はそのことを語りたがりません…。

 角界引退、ホーガン・オマージュのプロレスデビュー戦、長州との騒動、「八百長野郎」、空拳道…トラブルの耐えなかった印象強いが、長年の悪イメージのためがあったからこそ、日本武道館での高田延彦戦は伝説となり得たのかもしれません。

 自分がよく観戦していたWARでは真っ当な試合をしていた印象あります。
 いつかの後楽園で行われたキング・ハク戦が良い試合だった記憶。どこかで見られないものか。
 Uインター・デビューの山崎和夫戦も今見れば当時と違った感想湧いてくるかも。

 まだ、語り尽くされていないなかで亡くなってしまうのは本当に残念。
 ご冥福をお祈りします。

過去の北尾さん関連記事

■吉田豪が語る 元横綱・北尾光司伝説
 https://miyearnzzlabo.com/archives/17423

■“訪問者”ビガロが目撃した天龍、大仁田、そして北尾――フミ斎藤のプロレス読本#070【バンバン・ビガロ編エピソード5】 | 日刊SPA!
 https://nikkan-spa.jp/1379173

■【知られざるヒーロー列伝】問題児横綱に「喝!」 〜トレーニング界の伝説、遠藤光男 第4回〜 | GOETHE\[ゲーテ\]
 https://goetheweb.jp/person/slug-nf7728bc7d6a8





関連ツイート集














3月30日、追記

■北尾光司さん妻淑惠さん「とてもピュアな人でした」 - 大相撲 : 日刊スポーツ
 https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201903290001219.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nikkansports_ogp
『葬儀は生前からの本人の希望で娘と私だけの家族葬としました。何かと世間をお騒がせしましたが、主人は曲がったことが大嫌いな、とてもピュアな人でした』。






3月31日・追記

■北尾光司さんの死に92年激突・高田延彦が教え子・望月成晃が涙:東京スポーツ
https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/1327744/
■デビューから見続けた小佐野景浩氏が緊急寄稿 お騒がせ男・北尾さん意外な素顔:東京スポーツ
https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/1327714/
 天龍さんをリスペクトし続けていた。









 個別記事ページ→ 北尾光司さん、プロレスデビューの日になくなっていた、55歳〜記事・ツイート・過去記事集

posted by sugi
2019年03月 21:59 | Comment(2) | いろいろ
この記事へのコメント
北尾といい小川といい
格闘競技の世界でテッペン取ったやつがホーガンリスペクトになるのは何でだろう
Posted by 亀屋 at 2019年03月30日 14:00
> 亀屋 さん

なんなんでしょうね。それだけリアルアメリカンなホーガンは格好いいということなんでしょうかね。
当時の日本のプロレスファンは馬鹿にしたものですが。
Posted by 管理人・杉 at 2019年03月30日 14:33

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